|
=ナビゲーションコースの国際交流に行ってきました=
土佐海援丸は本科生徒17名、専攻科生徒4名の合計21名を乗せ、9月10日高知港タナスカ岸壁から平成17年代1次国際航海に出港した。当日は朝から雨。出港時は特にひどい降り方となり、通常岸壁で行われる出港式も、生徒食堂で行われることになった。
出港し、はや1月以上が経ち、10月20日、国際交流の学校側代表として私(阪口)がハワイへ行く日となった。(写真上 入港時の虹 ホノルル港で)
ちなみに、ハワイとの時差は日本時−19時間。簡単に言うと、日本時間 を5時間進めて1日引けばいい。例えば学校が始まる08:30はハワイでは13:30但し前日の・・・ここからは現地時間で書いていきます。
21日(金)08:00、ホノルル港の、まずは油取り岸壁ピアNO.34に着岸しました。ちなみにハワイに入るときは港の外でパイロットと呼ばれる水先案内人を乗せ、その人の指示で岸壁に着岸させます。ここでは入国審査と航行用の油の補給をし、生徒はまだ上陸できませんでした。入港時、雨。土佐海援丸が遠方に見えた途端雨が振り出しました。(写真愛媛丸慰霊碑前)
綺麗な虹を見ることはできましたが・・・出港時と共に「また雨かよぉ〜」みたいな感じです。給油と入国審査が終わったら、ホノルル港の一等地、アロハタワー下ピアNO.9に再度着岸しました。この日生徒はは13時から18時まで上陸し自由行動でした。(写真左 ハナウマビーチ)
22日(土)この日は朝からバスでオアフ島内を研修。愛媛丸の慰霊碑では献花をし、海に散った同朋の冥福を祈りました。続いてカメハメハ大王像、真珠湾 メモリアルと周り、風の名所ヌアヌパリ。ここはマジでスゴイ風が吹き、スカートの女子2人はやむなく見学を断念。とにかくスゴイ風でした。そこから町に戻ってパンチボウルという公園墓地を車窓見学し、ショッピングセンターで買い物をしてアロハタワーへ一旦戻り、昼食後、13:00マキキ教会に到着。(写真右 潮吹き)
ここから国際交流の始まりです。
その前にマキキ教会は高知県出身の牧師様が、ハワイのマキキ地区に作ったキリスト教の教会です。そこに集う方々は、日系の方が多く、わりと日本 語も通じたりするので、少しは気が楽&それでも英語も話さなきゃ的乗りでイケルあたりがありがたい感じです。(写真
左 ここ、ヌアヌパリは強風
の名所)
まずは礼拝堂に通され、そこで歓迎の歌。その後マキキ教会の歴史についてのお話。軽い感じの紹介があり、時間も来たというので、マキキの方々と生徒が一緒のバスに乗り込み再びバス観光へ。ワイキキから東海岸を巡るルートです。
ただ、この日の本来の予定はジョンさんって方が船出してくれてクルージング&フィッシング&スノーケリングだったのですが、「ハワイでこんな天気は珍しい」といわれるくらいの雨風。(ジョンさん宅での交流 写真右、下)
んんんん・・・・出港時、入港時、国際交流といつでも荒天。誰か必ず雨男か女が居るはず!!これで入港時に雨だったら決定です。
バス観光では、雨が降っているので、ほとんどが車窓観光となりました。雨がひどくなければダイアモンドヘッドへの登山も考えていましたが、それも中止に。ハナウマ湾という大変綺麗な入り江を上から眺め、潮吹き穴で豪快な潮吹きを見学してマカプウ岬でUターンして、ジョンさん邸へ。ジョンさんはハワイでダイビングボートのオーナーをしていてかなりのお金持ち。大きな邸宅にはプー ル、その先には自家用桟橋がありボートが3艇。このお庭でバーベキューを焼いてもらい夕食を取りながらの交流となりました。リビングでは学校から持ってきた授業風景・実習風景・研究発表・操業風景を撮ったビデオが上映され、これを生徒が説明しながら皆が興味深そうに見ていました。このころになると生徒も向こうの人もかなり打ち解けて会話も弾んでました。日本語、英語、身振り手振り混ざりで・・・こういうのが本当の国際交流といえるんだと思います。ジョンさん邸には全部で72名が集い、ワイワイと楽しい時間が過ごせました。船に戻ったのは20:30を過ぎてました。お疲れさまでし た。
23日(日)日曜日午前中教会は忙しいので、午後マキキに昨日の国際交流の反省と次回の打ち合わせに行くと、牧師さんが、「ウチの子供達と仲良くなった生徒が3人遊びに来て、さっきウチのユースとアラモアナショッピングセンターに一緒に買い物に出掛けましたよ!」とのこと。本当の意味での交流を生徒自らやってくれたのではないかと感心感心でした。(写真
下、高知城を模したマキキ教会)
今回のようなパターンで国際交流が行われたのはこれが最初。その初っ端で生徒達が実のある交流を行ってくれて、大変頼もしく、嬉しく思いました。もちろん交流を受けて下さっているマキキ教会には毎回のことですがとても感謝しております。これからもこのような有意義な国際交流が持て、続き、また、双方向の交流に発展させることが出来ればと思っております。(阪口記)
|