昭和二十九年卒、高校第五回、有光芳郎さんからのお便り

昨年十月に有光芳郎さんという方が奥様とお子様を連れられて、本校の玄関に立ち寄られました。たまたま私が玄関に降りましたときにお会いし、お話を伺いますと、本校の卒業生(昭和29年卒、高校第五回)でカリフォルニアのロンポックという町で育種のお仕事をされており、お墓参りに帰られているとのことでした。折角ですのでアメリカに帰られたら、これまでの人生や今のお仕事のことをお書きいただきたいとお願いをいたしました。今年一月に原稿がメールで届きましたので、原文のまま載せさせていただきます。

有光芳郎さんは神戸のお生まれで、戦時中安芸に疎開して、安芸第一小学校から川北小学、中学に、安芸高校卒業後高知大学農学部に進まれ、作物育種を専攻。大学卒業後タキイ種苗の研究農場で一年間研修生として野菜の育種の仕事を体験されました。花の育種に関して、当時圧倒的に進んでいたアメリカで研修したいと願っておられたときに、花の種苗で有名なボール商会のスポンサーを得て渡米し、それをきっかけに花の育種を長年続けることになったそうです。

独身の時に渡米され、七年後日本で結婚され、男のお子様がお二人と、女のお子様がお一人おられます。ロンポック からロスアンゼルスに向かって車で2時間ほどのカマリオ市に安芸高校で同期の高木(安芸友)恵美子さんがおられるとのことです。有光さんが、同窓会名簿をコピーして送ってあげましたら、懐かしいと、大変喜んでくださったそうです。

お嬢様は High School の先生で身障児のクラスを担当されているそうです。

「先生方のお仕事は大変でしょうが、私自身振り返ってみると高校時代良い先生方に恵まれて何時までも感謝しています。」とのお言葉をメールでいただきました。(文責 佐藤章)

「安芸高校同窓会にカリフォルニアから」

若い頃アメリカに渡って、そのまま住み着いてしまった次第で、数年置き位に安芸の墓地を訪ねては御先祖様に日ごろのご無沙汰お詫びしています。昨十月には、たまたま家内と幼い時に一度安芸に来て以来の長男が一緒で、久し振りに海岸沿いの美しい風景を楽しみながら散歩しました。安芸高校の近くに来た時、彼の勧めで、ちょっと訪ねてみたくなり、お邪魔させていただきました。突然で失礼かと思いましたが、佐藤章教頭先生が心よくお迎えくださり、旧い名簿を見せていただき、楽しい一時を過ごさせていただきました。私自身忘れかけていましたが、4回生で入学し、間もなく急性腎炎で休学し、5回生で卒業していました。よもやま話の中で、佐藤先生からの同窓会誌に体験談を一筆とのご依頼いただきましたので、私が永年取っ組んできた花の育種の仕事について思いつくままに書いてみました。

「お仕事は?」

「はあ、花の育種です。」

「美しい花に囲まれて楽しそうですね、バラとかランとか、菊やカーネーション、それに草花、花木等色んな花を扱っている花屋さんですか?」

「いいえ、私は専ら草花類の育種が仕事で、例えばパンジー、金魚草、松葉ぼたん、百日草、マリーゴールド、まあこういった類の物の中から良いものを選び、市場の好みに合った新しい改良品種を作ってきました。」

「じゃ、農園で花作りして、売っておられるのですね?」

「いえ、花屋や花作り農家ではなくて、花の品種改良をしてその種を作っています。」

「とおっしゃると??」

まあ、このような調子で、よく話がちぐはぐになってしまいます。

それで花の育種というと、日常花を楽しんでおられる消費者の方にはちょっと縁遠い話のようですが、身近なところから話しますと、安芸に立仙種苗ってとても良い老舗がありますね。大分以前に立仙さんのご案内で、川北、伊尾木の農家で花の苗を作っていられる所を見せていただいた事があります。かなり大きなハウスの中いっぱいに小さな鉢やプラスチックのパックに花を一輪咲かせた苗が作られていました。皆様の中には色とりどりの花でいっぱいのハウスを訪ねられた方が多くいらっしゃるでしょう、また花のハウスを経営されていられる方も居られると思います。このようなハウスの中で育てられた花の苗は、全国に出荷され、市場から 小売店や、デパートのガーデンセンターで売られます。既に鉢植えにされた物の他消費者の手でプランターや庭に植えられる物も沢山あって、何れにしても買って来たその日からすぐに花が楽しめます。この花の苗物産業はアメリカで始まってヨーロッパ、オーストラリア、日本、等に急激に広まり、現在は中国、東南アジアと世界中に広まってきました。5センチ平方に満たない小さな器に花が咲くまで育てられ、その後もプランターや露地で丈夫に育っていつまでも人々の目を楽しませてくれるような草花、それは一昔前には不可能な事でした。以前から、花の苗は少しは園芸店で見られましたが当時は未だ花の蕾みさえついていない幼少の苗が少し見られる程度でした。

苗物作り農家では立仙種苗のような専門店から、苗物用に品種改良された特別の種を買って、苗仕立てをします。この目的の種はとても高価なため、一粒たりとも無駄に出来ませんので、農家の方は苗物作りを始める前に適切な技術を十分習得されよう、勧められています。

地方の種苗店はサカタとかタキイなど大手の種苗会社からの推薦品種を仕入れて農家の注文に応じています。又サカタとかタキイ等では、独自の研究開発部門を持って常に新しい品種の開発が行なわれ、育成された優秀な品種は日本は勿論世界中に販売されています。その一方、世界中に目を配り、優秀な品種を輸入して、日本各地の種苗店に販売しています。その中にはカリフォルニアで私が育種の仕事をしているボジャー社の種もいくつか見られます。

ここで私の住んでいる辺りの紹介になりますが、ボジャー社の種子生産と育種農場は カリフォルニアのロンポックと言う田舎町の近辺にあります。太平洋を西に面し、夏は涼しく冬は高知に似たような温暖な気候で、4月半ばから10月半ば頃迄の間は乾燥期で雨が降りません。この良い気候に恵まれて、ロンポックは過去100年以来花の種の生産地として種苗業関係の間では良く知られて来ました。

私がアメリカに来た当初、1960年代には、種苗会社数社が競合して、花の種の生産をしていましたので、近くの小高い丘から平野をながめると、色とりどりの花畑がいたるところ、広大な絨毯を敷き詰めたようで、その美しい風景を見に各地から人が訪れ観光地としても有名でした。

でもその広大な花畑も種子の生産費の上昇に伴って採算が合わなくなって、安い生産地を求めて他国に移動して行きましたので、今ではロンポックの花畑は極僅かになり、全盛期を知っている土地の人達から残念がられています。立仙さん等種苗店では、苗物の他に袋詰めにした、比較的安価な花の種を見かけますね。種から育てたいと望まれる趣味の園芸には最適で、結構良い花が楽しめます。品が良くて安価な袋詰め用の種はロンポックの他にカリフォルニアの各地で又アメリカ西部の乾燥地帯に大量に作られていましたが、今ではその大半が姿を消し生産費の安い世界のどこかで作られるようになりました。

以上のような種苗界の変遷で、種苗会社の多くは、広大な花畑からハウスで作る花の苗物産業に力を入れるようになり現在に至っています。カリフォルニアに花の種苗会社が集中し、アメリカ国内の会社の他、サカタやタキイの米国本社、ヨーロッパの主だった種苗会社もカリフォルニアに支社と研究農場を置いています。毎年四月にこれらの種苗会社が協定で、日程を定めて、いっせいに自社のハウスに、自社育成の品種を展示して、世界中の花の業者を招待します。各社競って自社の製品の宣伝に趣向を凝らして展示されますので、展示ハウスの中は色とりどりの花が一斉に咲き揃って、とてもきれいです。又その期間中は、各社共、お互いに交換訪問し、競争しながらも同業者間の親睦を深めるのが慣例で、私共も他社の展示をいくつか見せてもらいます。

「では貴方の育成された花の種は何処で買えるのですか?ボジャーなんて種苗会社は知りませんし。」 このような質問をよく受けます。時には、土地のロンポックに住んでいる方からも同じ質問されて驚かされます。

世界にはボジャーのように、新品種を育成し、種の生産を専業にしている会社がいくつかあって、出来た種は中間業者である大きな販売組織を持った種苗会社に卸売りします。日本ではサカタ、タキイの他に外国産の種子を輸入している会社がいくつかあって、お互いに競争しながら全国の小売店や苗物専業農家に販売しています。このようなわけで、ボジャーで作られた花の種は、どのようなルートを通って消費者の手に渡るのかは、種苗業者間で知られているだけで、消費者の立場からみれば、花は立仙さんのようなお店先からはじまります。そこに置かれている種や苗物には花の名前と値段の他に品種名が書かれている場合があります。その品種名をたどれば、どこから来たものか解ります。

葉牡丹,なでしこ、ストック等沢山ある花の中で日本名が付けられている物の殆んどは日本の何処かで育成されたものです。そこで品種名に興味をもたれた方は、店に置かれている花の写真のいっぱい載っているカタログをご覧になれば更に詳しく解ります。

私の仕事は草花類に限られていますが、長い年月の間には、結構沢山の花を手掛けてきました。

その中で、世界中に販売され、割とよく知られたものでは、苗物用としてアゲラータム「かっこうあざみ」のブルーダニューブ、ブルーハワイ、ポーチュラカ「松葉ぼたん」のサンダイヤル、マリーゴールド「万寿菊」のデスカバリー、袋詰め用としてスイートピーの冬咲きエレガンス、アリッサムのワンダーランド、その他前述のパンジー、金魚草、百日草等いくつかの品があります。

「ではどの様にして種を作るのですか?」

「苗物用の高価な花の種は、殆んど全て人工交配で作られています。」

「何故人工交配のような手間のかかる事をするんですか?」

御尤もな質問で、最近自動車にハイブリッドが出回るようになって、その言葉は一般によく知られるようになってきましたが、花の世界では、特に苗物用の品種は殆んどハイブリッドです。そのハイブリッドの種を育成して商品として出来上がる過程で人工交配は絶対に欠かせない大切な仕事です。

更に出来上がって、商品として売りに出す種の多くは人件費の安い世界の何処かで人工交配に頼って生産されますが、勿論自然の風による風媒や蜜蜂を使った虫媒の方が種の大量生産には経済的な事は確かで、出来るだけこの方法で種の生産が出来るような新品種を作るように努めます。

育種は生物学で必ず教わる、メンデルの遺伝の法則に従って、進められている事は今でも変わりありません。でも種苗会社は営利が目的で、他社との競争に勝つためには、市場で人気のありそうな花の品種を、出来るだけ短期間に作り上げねばなりません。その為には、教科書通りのやり方では間に合わない場合が多々あって、実際には遺伝の法則を上手に適用して出来るだけ簡易な近道を探して行きますが、その方法は各社共機密で、教わるわけに行かず自分で考案するしかありません。

「以上要領得ない説明で草花の営業用育種ってどんなものか大体お解かりいただければ良いですが。」

「はあ・・・・では色々と苦労される事や嬉しい事などは?」といった次第で、花の育種は自然から学びながら、自然の持つ素晴らしい素質を人の手で更に美しくしようとする、科学と芸術の総合とも言われていますが、私自身は大した芸術的才能は無さそうで、遺伝子を適当にこね回すのが好きな技術屋と思っています。

人が望むような花を作ろうと思っても、自然相手では、中々思うように行かない場合が多く、失敗を重ね重ねして、とうとう物にならなかった花、諦めかけていたのに突然ヒントを得て、良いものが出来上がった花、自信を持って育成した割りに、商品として人気のなかった花、逆に期待もしてなかったのに以外な人気のあった花、その時時に営業育種家としての失望や喜びを人並みに経験してきました。

実際には根気よく続けていく地味な仕事の多い中で、たまたま出かけた旅先で自作の花が公園や建物の周りのプランターにきれいに咲いているのを、見かけては、ちょっと我が子に会ったようで、そんな時この仕事をしている喜びを感じます。そして世界中多くの人にいろんな花を楽しんでいただきたいと願います。

そして最後に「いつまで、このお仕事を続けられるのですか?」とか「もうお年なので、いつ辞められますか?」とよく聞かれます。正直な所、少しの好きなプロジェクトを能力の衰えない限りのんびり続けられればと思いますが、実際には営利を目的とする育種の仕事を続ける限りは往々にして持て余す程の仕事を抱えて悩まされる事があってなかなか理想通りにはゆきません. でも少しずつ成果の上がっていくのを見るのは大変楽しみで、私自身がまだ世間のお役に立つ限り続けてみて、後は自然に任せる気持です。