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室戸市ウオッチング

掲載日:2014年07月15日

室津の泊まり

 今を遡ること1059年のその昔、紀 貫之は、土佐の国司の任を終えて、船で京都へ還る(57日掛かっている)途中の12月12日に「室津」に着き悪天候のため10日も泊まったことが「土佐日記」に書かれております。
 さて皆様、この「室津の泊」とはどこをいっているのでしょうか。

 諸説があります。大別すると、一つは今の室戸岬港(津呂港)、二つは今の室戸港(室津港)という説で、これには室津川河口の東町付近という限定説もあります。
 三つ目は、室津川上流の原池付近という説でありますが、皆様はいかがでしょうか。
 「泊まり」のお話しはこれくらいにして、「土佐日記」の十六日の文のなかから、一節だけをご紹介しておきましょう。

 十六日。風波止まねば、なお同じところ(室津のこと)に泊まれり。ただ「海に波なくして、いつしか御崎(室戸岬のこと)といふ所渡らん」

土佐日記の旅程

室津港

室津港

24番札所、津寺こと「宝珠院真言宗津照寺」

土佐日記の旅程
土佐日記の旅程

 さてみなさま、前方に長い防波堤と、赤灯台、白灯台が見えてまいりました。あれが室津港でございます。

 港のすぐ上に、小高くこんもりとした木のしげみから、御堂のいらかをのぞかせている丸い小山が見えます。あそこが24番札所、津寺こと「宝珠院真言宗津照寺」でござます。本尊は「地蔵菩薩」ですが、故あって「楫取り地蔵」とも申します。
 西寺や東寺が空海の建立によるものだということは、伝説的にも明らかになっておりますが、津寺は寺記に「開基。往古より有来の寺にて候。弘法大師開基」とあるのみで、空海伝説は残されておりません。
 津寺は古より火難、水難(海難)除けの信仰を集めてきたことが、「今昔物語」、「山内候の災難」、「寛保の浮き津の大火」などで伝説的に語られておるところでございます。

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