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吉良川の町並み

掲載日:2014年07月22日

白壁と水切り瓦の町(化庁選定)

白壁と水切り瓦の町

白壁と水切り瓦の町

白壁と水切り瓦の町

白壁と水切り瓦の町

白壁と水切り瓦の町

白壁と水切り瓦の町

白壁と水切り瓦の町

白壁と水切り瓦の町

白壁と水切り瓦の町
白壁と水切り瓦の町

重要伝統的建造物群保存地区(平成9年10月31日選定)

吉良川町は室戸市の西部に位置し、室戸岬より約13qほど国道を西に移動したところにある。
行して流れる東の川と西の川の下流に位置した東西約750m、南北約250mほどの区域で、南には太平洋がひらけている。
主要な産品には近世から木炭と薪があった。特に明治期から昭和初期にかけて、良質の備長炭の集散 地として繁栄した。吉良川の伝統的建造物の多くがこの時期に建築されており、現在の町並みは近代の経済的繁栄を背景に形成された。

室戸市吉良川町重要伝統的建造物群保存地区概要

伝統的建造物  建造物  120棟
        工作物   42棟
        環境物件   1棟
        合計   163棟

 面積   18.3ヘクタール

当家では、かつて炭の問屋を営んでいた。屋敷の前面は店、門と両脇の塀、蔵の三つにより構成される。このうち蔵は街道に平側を見せ、腰壁をなまこ壁その上を水切り瓦としている。なまこ壁は店の腰壁にも用いられており、全体として重量感に満ちた優れた景観を街路側に見せている。

主屋の前面に小さな前庭を伴った形式の住宅で、明治中期頃の建築と推測される。以前は漁業の一種である「定置網」を行ったり、九谷焼の販売などをしていた。現在でも当時の敷地の使い方が良く保存されていて、特に敷地の側面および丘地区へあがる露地に面した裏側は、かつての景観を彷彿とさせる。

吉良川御田八幡宮の参道の東側角に立地し、吉良川の代表的な景観を構成している。主屋は明治24年に建築され当時は呉服業を営んでいた。外観は全体として良く残されており、八幡宮への参道に面する側では杉板を腰部分に張っており、その上の白漆喰とのコントラストが鮮やかである。また戸袋の下半分には、なまこ壁が用いられ上半分には屋号を示す菱形の装飾が施され、さらに1階庇にはタルキの先端を隠す鼻隠し板も取り付けられている。

当家は商家であり、以前は雑貨を扱っていたが現在では塩、醤油を販売している。八幡宮の西側に立地している。明治34年の建築で、主屋は二階建て、正面に向かって左側をつし二階とし、右側を二階とする。つし二階から総二階への移行段階を示す貴重な遺構で ある。

現在でも備長炭を扱う商家である。主屋は明治39年に建てられ、つし二階の典型的な建物である。表構えは良く保たれていて、屋根瓦こそ葺き替えられたものの、なまこ壁を用いた戸袋、太い格子とその下の銅板の腰壁、つし二階外壁に穿たれた窓などが旧状を良く保っている。

明治44年の建築で当時は米穀商であった。主屋の建築は多くの特徴を有している。まず妻壁にレンガを用いている。西側の路地に面した部分はレンガをむき出しにしており、東側(以前は隣家との境だった側)は漆喰を塗っている。より目立つ側の壁の仕上げにレンガを用いていることになる。また平屋、つし二階、二階の三つを混合した建て方で、変化のある外観になっている。

明治中期頃の建物で、街道の南側に前庭を持った住宅である。屋敷の間口が約10間と通常の屋敷の倍程度あり、このため建物配置や主屋の規模などに特徴がある。まず目を引くのは、屋敷側面に通る小路と街道の角に表蔵が設けられていることである。こうした表蔵は池田邸にもみられるが街道に対して妻側を見せていること、腰壁に貼られている瓦の目地を平目地として、なまこにしていないなどの特徴がある。

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