本校は四万十川の下流域に開けた小京都中村にあります。     

今から500年程前の応仁2年(1468)10月、前関白一条教房公が戦乱を避けて家領の幡多の庄に下向し、中村に居館を構えました。高い身分と学識が国内の武将達の尊敬を集め国主に推されたことにより、幡多の庄の中心集落にすぎなかった中村は、一躍土佐の国主となり商工業が盛んになると共に市街地が形成されていきました。

やがて、雅やかな京にちなんだ地名や町並みを形成し小京都とよばれる美しい町へと発展し、幡多の政治・経済・文化・教育の中心地として繁栄してきました。

長い歴史の中、特に昭和21年(1946)の南海大地震はこの地に甚大な被害をもたらし町は壊滅状態となりました。その後復興するものの、小京都を偲ぶものは、わずかに碁盤に仕切られた街路と町名をのこすばかりになりました。

しかし、人々の意識には「小京都」「一条公」が確かに根付いており尊敬と誇りは昔に違わうことはないといえます。毎年11月に行われる幡多地域最大のお祭り一条大祭は、「いちじょこさん」(一条公のこと)と呼ばれ親しまれています。

本校の児童もまたこの地にあることを誇りにし、「校舎は古いけど、いい学校です」と、学校生活を楽しんでいます。

 今年度から校舎改築工事が始まり、南校舎は夏季休業中に解体されます。新校舎は、来年10月に完成予定です。

少し長くなりましたが、中村小学校のホームページをご覧下さい。まだまだ十分ではありませんが、皆様のご意見ご感想などを参考に更なる充実を図りたいと思います。

四万十市立中村小学校  校長