嶺北の史跡
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   本山町
本山土居跡
 豪族本山氏の土居のひとつで、江戸
時代には野中兼山も本山の領主として
住んでいました。今は上街公園として
桜の名所になっています。
 
本山城跡
 本山の町の南の、田井山の東端近く
の尾根の険峻な地形を利用して作られ
た山城。本丸部分(下中)は狭く、いわ
ゆる二の丸(下左)がやや広い構造にな
っています。今は樹木に囲まれていま
すが、当時は遥か遠方まで見通せたで
しょう。城跡へは、上段のような道を
通りますが、処々に苔むした石垣の跡
が残り、往時が偲ばれます。なお、築
城年代は不明です。
 
十二所神社
 鎌倉時代の文書に「十二所社」と出
てくるほど古い神社で、野中兼山によ
って遷宮されたという記録が残ってい
るそうです。
 
本山上井
 野中兼山と農民がつくった潅漑用の
水路(本山六流)の一つです。十二所神
社のすぐ下を流れています。これらの
用水は今でも豊かな実りをもたらして
くれています。
 
片岡館跡
 明治20年代以降、この地をたびたび
訪れた片岡健吉が建てた別荘跡です。
  
 
右城暮石生誕の地
 右城暮石は明治32年生まれの俳人。
山口誓子が創刊した「天狼」の同人と
しても知られています。生誕の地は、
町の南東の山中、古田にあります。
ここからは、白髪山を遠望できます。
 
帰全山
 野中兼山の夫人の墓所があります。
墓所の隣の兼山廟では、毎年4月に大
祭が行われます。石楠花と躑躅の名所
として知られています。
若一王子宮
「にゃくいちおうじぐう」
本山町の東端の寺家の旧郷社。現社殿
は明治8年の建築で、破風の部分や軒
下には、見事な彫刻が見られます。
また、土台部分の木組みも見事で、中
右の写真のように端から端まで、見事
にそろっています。社殿奥には杉やイ
チイガシの巨木が生えていて、この神
社の歴史が伺われます。社殿の正面、
破風の下には菊、葵の紋があり、山内
家の紋は少し下げて飾られています。
 
   大豊町
旧立川番所書院
 重要文化財(昭和49年指定)、旧土佐
街道の、土佐最後の宿所、現在の建物
は、寛政年間に建てられたものといわ
れ、昭和55年から解体復元工事が行わ
れました。立派な建物で、一時宿屋と
しても使われていたようです。
  
豊楽寺薬師堂
 724年に僧行基によって創建されたと伝えられる名刹。国宝の薬師堂は平安時代末期の1151年に建立されたものです。吉野川沿いの山中に建っています。薬師堂内の薬師如来(本尊)像、阿弥陀如来像、釈迦如来像はいずれも国指定の文化財(彫刻)です。下段の縁起は横幅がありすぎ、1枚の写真には納まりませんでした。  
杉の大杉
 国の特別天然記念物。
推定樹齢約3000年。南北2株の大杉
です。大きな南の杉は根元の周囲約
20m、樹高約60mです。
   土佐町  
平石の乳公孫樹
 国指定の天然記念物。
樹齢は、700年とも800年ともいわれる。
樹高は約25m、根元の周囲は約8.7m。
補強のための金具が取り付けられて
います。
大国主神社
  伊勢川大国様として知られている
古い神社です。伊勢川上流の山中にあ
り、春分の日には里人の1年間の無事
を祈って伊勢川大国祭が催されます。
 寒い冬の日の午後でしたので、手水
舎の手水は凍っていました。
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