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≪脱藩ウォーク 後半 その3≫ 梼原町の大越からは旧道をまわり、広野、そして宮野々へ。 藩所跡で竜馬や他の志士たちの足取りを復習し、四万川へ。 上成まで帰ってきました。 時刻は4時を過ぎました。陽も西に傾きかけています。 もうすぐ六丁が見えてきます。 ゆすはらは 志士の心が 生きるまち ふるさとの 木もれ日受けて 影動く 四万川の 夕日見ながら 母想う 六丁に帰ってきました。 そして今夜の宿交流センターに到着。 午後五時半。1ヶ月も前から夕食の接待を申し出てくださっていたグループの方々が迎えに来てくださいました。 夕食場所のお宅に入ってびっくり。囲炉裏に並べられたメニューの数々!それぞれが座ったあとにさらに焼肉と猪汁も。
お肉が焼ける間、子どもたちは味噌田楽に手が伸びます。 「ん?!これゆずの味がする。」「ほんまや、うまい。」 「うん、うまいうまい。」とみんな。 接待してくださった方々と旅のことをたくさんたくさん話し、 おいしいごちそうもたくさんたくさんいただいて 楽しいひとときを過ごしました。 脱藩の旅でこんなごちそうをいただいていいのだろうかと思うほどの 準備をしてくださったみなさん、 料理も最高においしかったですが、 みなさんのお心遣いがとてもありがたかったです。 両方をおいしくいただきました。ごちそうさまでした。 交流センターまでまた送ってもらい、にぎやかに入浴。そしてミーティング。
子どもたちの振り返りからは次のようなことが出されました。 ○今日は、昨日以上にたくさんの人にお世話になってありがたく、またうれしかった。 ○たくさんの人にお世話になったのに、午前中は自分たちが前夜に確認しためあてのうち、 「志士学習をさらに充実させながら歩く。」という気持ちが薄れ、ゲームの話ばかりして、ただ歩くだけになってしまった。
俳句も先生に言われてからしか考えようとしなかった。 二夜のミーティングを客観的に見ていると、今回の旅を通じ、 「担任がそれほど指摘しなくても、しっかり内省ができるようになってきているなあ。」と感じました。 この内省の力があれば、この先きっと伸びていけるだろうと思います。
≪最終日(11月2日)六丁(四万川交流センター)〜韮ヶ峠 約8q≫ 朝5時半起床。 「先生、何か雨の音してません?」 「え?!天気予報は3日間とも晴れ。そりゃあ気のせいじゃお。」 「はあ、じゃあ、川の音ですかねえ。」 「うん、そうやお。」 数分後、外を見て・・・。大雨。 一瞬、「うるさくなる(うっとうしくなる)なあ。」と思いましたが、 考えようによれば、この雨は子どもたちとって最高の学習場面。 山越えだけでもたいへんだろうに、雨が降れば足がふやけ、まめもはげるかもしれません。 我慢が必要になります。助け合いも必要になるかもしれません。 これまでの体験学習の真価を発揮する時でもあり、また新たな学びの時でもあります。 救護車担当の先生が到着。同行の校長先生も「おはよう〜。」
同じく一緒に歩いてくださる地域の方数名も来てくださいました。 小雨の中出発。途中の茶堂では地域の方が迎えてくださいました。 雨の山越えを前に、たくさんの差し入れをいただきました。 長い歴史をもち、今なお部落の人で管理・機能しているお茶堂で 旅人として接待されたことは、私にとっても子どもたちにとっても 思い出に残る貴重な体験となりました。ごちそうになりました。 おもてなし 人の心が あたたかい 接待してくださった方々も豆志士の列に加わってくださり、 総勢15名で 山に挑みます。 霧煙る 山のてっぺん 目指します 雨は降ったり止んだり。下見の際には猪が掘り返した跡が道沿いに延々と続いていましたが、この日はありません。 勾配のきつい植林の中の山道を抜けると、そこはナラ山。 霧けむるナラの林はとても美しく、多くの命を育む梼原の宝のように思えました。 この少し上にある蛇紋岩の地層が広がる一帯は、 通称青ジャレといって、「昔はここまで遠足にきたもんよ。昔の遠足は全部歩きやったけねえ。」と、 同行の皆さんが話してくださいました。歩きの遠足、ぜひ復活させたいものです。 ここから先は下り。雑木林も広がり、リスも見ました。この辺りは本当にすばらしい自然が残っています。 丁度、茶ヤ谷部落の方々が道の手入れをして下さっており、 雨の道も快適に歩けました。 「下ったらそこが高階野(こうかいの)と勝手に思いこんじょった。まだじゃおか・・・」と、校長先生。 その言葉でもわかるように、随分下りてきてきれいに舗装された道路に出たのに、案内板はまた登りの方へ。 さらに20分ほど歩いたでしょうか。再び下りの山道へ。そしてやっと高階野へ。 山越えを終えた子どもたちの顔は笑顔、笑顔。 5月の四万川探険でここから先は歩いているので、子どもたちは全員揃ってのゴールを手中に収めたようなものです。 僕たちは もうすぐ予土の 上に立つ これまで差し入れていただいたお菓子やみかん、手作りのクッキーやホットケーキなどをいただいて最後の休憩をしました。 子どもたちは、5月の経験から、峠までの所要時間を30分と予想しました。 夏、高知市上町1丁目の竜馬生誕地を出発。ここまですでに100km以上歩いています。 歩いた時間だけでも通算で36時間を越えています。おそらく30万もの歩を進めてきています。 小学生でよくぞここまで歩いてこれました。峠に続く舗装道へはあっという間でした。 「最後はどうする?」子どもたちに尋ねました。「手をつなごう。」「いや、腕を組もう。」 「でもちょっと歩きにくいねえ。」「やっぱり手をつなごう。」 目に飛び込んできたのは、深い霧の中を 手作りの横断幕を手に走り出てくる保護者のみなさんの姿。 夏と同じ光景です。 心なしか歩が速くなります。 そして・・・「せ〜の〜、ゴ〜ル!脱藩達成!!!」 「おめでとう。」「ようがんばった。」そして鳴り止まぬ拍手。 涙ぐんでおられる保護者の方も多数おられました。 そして、子どもたち一人ひとりからの挨拶。 “準備をあまりしてこなかった”という反省の言葉、 “いろいろなことがあったけど最後は全員揃って脱藩を達成できてよかった”という喜びの言葉。 そして、8人の子どもたちから一様に出てきたのは、 “おせわになった”“ありがたかった”“おかげで”といった感謝を表す言葉。 この8人を焚きつけて脱藩ウォークに向かわせたのは私です。 決めたことをやり遂げた経験がなく、悪乗りはするがいざという時人前で尻込みする子どもたちに、 なんとか大きなことをやり遂げさせることで自信をつけさせたかったのです。 子どもたちの願いも、この取り組みを通じて自分に自信をもてるようになることでした。 しかし、取り組みを終えて真っ先に出てくる言葉は「感謝」です。 脱藩ウォークUのスローガンは、「感謝」「感激」「完歩」でしたが、実際の旅は、本当に多くの方の温かい心に触れ、 「感謝」「感謝」「感謝」の旅でした。 「感激」も「完歩」もしましたが、それをするためには自分のがんばりだけではなく、 周りの人に支えられたからこそできたのだということを子どもたちは感じ取り、 心の中に深く染み込ませることができたのだと思います。 こうした子どもたちが育った背景としては、やはり保護者の方々の力が大きいと思います。 1回目、2回目、それぞれを終えた時の保護者の方の子どもたちへのメッセージには必ず「感謝」という言葉がありました。 これだけとってみても平素の教育が偲ばれます。本当にありがとうございます。 私自身も「人」の素晴らしさを再確認できた旅でした。 実は、最終日に山道を歩きながら、坂本竜馬の「船中八策」をまねて、「山中八策」を考えました。 その中身はこれから整理していくところですが、 “外遊びをたくさんする”や“あいさつがよくできるようになる”に混じって、 “ありがとうの気持ちがもてるようになる”が出てきたのはさすがですし、 “学力・体力強化”という言葉が出てきたのには驚きました。 6年が変わると全校が変わります。これは間違いありません。 「ああすればいいんだ。」というお手本にもなるし「ああなりたい。」という憧れも生まれてくるからです。 今回の取り組みの振り返りの際、 児童のひとりは、「今回多くの人にお世話になったご恩は、四万小維新でお返しする。」と断言しました。 同じようなことが、他の6年生からも出されました。 当然多くのつまづきもあると思いますが、全体のことにも目を向けることができ始めた素晴らしい6年生を、 大いに盛り立てていきたいと考えています。 (6年担任 道中記・完)
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