地域の紹介

学校付近の道路です。右手に山奈小の
体育館が見えています。左手に忠霊塔があります。
プール付近を外側から見たところです。真ん中には平家の落人の塚が祀られています。
学校の実習田付近からのながめです。このあたりに稲が植えられます。まっすぐいけば国道、平田、四万十市に向かいます。
まっすぐ行けば芳奈へ、左へ行けば、国道、平田方面へいきます。
けんみん病院が見えています。
    高知県立幡多けんみん病院
(山奈町芳奈の車岡というところにあります)
幡多検診センター(けんみん病院の近く            にあります)
県道353号橋上平田線付近の四辻。真正面が芳奈地区の村落です。
      浜田の泊り屋
芳奈の浜田にあるこの泊り屋は昭和32年、国の重要民族資料に指定され、今では宿毛屈指の観光名所ともなっている。幡多地方の各集落にあった高床式の泊り屋も、大部分は破壊されてしまい、現在残っているのは芳奈にある4軒のみである。その中でも1番美しく風格のあるこの泊り屋が国の指定をうけ、人気を得ている。 この建物は2間4方の木造高床式の平屋建てで、屋根は入母屋造りの浅瓦ぶき、柱は栗の自然木を用い、どっしりとして風格のある幕末頃の建物である。この泊り屋を建てた大工は、浜田の住人浜田熊太郎であった。
和田克次翁記念之碑(芳奈地区)
向こう側に芳奈運動公園があります。
芳奈の運動公園です。多くの陸上大会がここで開催されます。宿毛市花へんろマラソンもここをスタートしゴールします。ここに歩いて遠足に来たこともあります。
宿毛市小学校陸上記録会女子ハードルのもようです。りほさんはこの種目で幡多十傑にはいりました。
医法山方面(芳奈地区)
「芳奈の湧き水」が注目されています
大道トンネル(芳奈のトンネルです
山奈小の校庭の前の道路でまっすぐいくと小島、手代岡方面に行けます。
山田地区です。
手代岡、隣保館方面を望みます。
この道を左に行くと由緒ある八幡宮にでます
八幡宮の鳥居が見えます。山田祭りでは近辺の神社から神輿が集まります。山奈小の子ども神輿も学校からここまでくりだします。
田祭りで子ども神輿が八幡宮に着いたところです。
神社境内の大人の神輿です。いくつもの神輿が雄大にくりだします。
   山田八幡宮のくわがた
県の有形文化財に指定されているかぶとの大鍬形は、現在宿毛歴史館に展示されている。鍬形とは、かぶとの前に立てる鍬の形をしたかざりである。 ここの鍬形は、日本一の大きさであり、かなり由来が明らかであり、また高さ幅ともに1mもあり、まさに「鍬形のおばけ」といっても過言ではない。この大きさは、実用的とは考えられず、おそらく武運長久を祈っての神社への奉納品であろう。この鍬形は、金銅製で、もとは金の渡金があったようである。わずかの墨書名が残っているにすぎいないが、これにより、山田の伊与田能重が、室町時代の文安元年(1444年)に奉納したことがわかる。鎌倉時代のものであれば、国の重要文化財になるはずだが、時代が1つ前なので、県の文化財となっている。しかし、国の重要文化財なみの重要な文化財であることには間違いない。
山田八幡宮の祭礼
この神社は、秋の祭礼のときの「流鏑馬」の行事で有名である。旧の9月14日、15日(本番)とアゲウマが行われる。15日はこの後御旅所で祭典と神楽が奉納され、いよいよ呼び物の「流鏑馬」が行われるのである。「流鏑馬」は参道の左側の田の中な立てられた3つの標的にむかって、騎手は次々と三本の矢を疾走する馬上から発射するのである。 この「流鏑馬」は、源頼朝が武士の鍛練と遊びを兼ねて奨励した行事である。 馬がいなくなったことと、参道がアスファルト舗装され、馬の疾走ができなくなったことなどがあり自然消滅の形となり、昭和42年にやっと一回再興されたが、今は中断されている。
西の沢橋。(解放のかけ橋と呼ぶ人がいます)市道小島線が通っています。山奈小の6年生が毎年、地域の方のお話を聞き、人権学習をこの場所でおこないます。
山田川です。
小学校の方に戻ってくると坂道があり前方に
「山田保育所」があります。
山田保育所です。山奈小の児童の大半がこの保育所の出身です。
山奈小から国道56号方面に行く途中の交差点です。左に行くと「宿毛工業高校」「東中学校」に
いきます。手前の道を行くと国道56号線に出ます。
この道をまっすぐ行くと平田町東平から国道56号線にぬけて行きます。
「高知県立宿毛工業高校」が見えます。
東中学校です。山奈小の児童の大半が東中学校に通います。

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