校
区
や
学
校
の
概
況
■ 校区の概況

 下知地区が,ほぼ現在のような地形に成形されたのは江戸時代初期だと思われる。もとは土佐郡下知村で,下知の名は,昔上知寄,下知寄と呼ばれた地域があり,下知寄の寄を省略した呼び方であるといわれている。大正15年土佐郡下知町及び潮江村が高知市に合併されている。昭和30年代は,学校の東はまだまだ田園風景が残っていたが,40年代に入ってから急速に都市化が進んだ。

 校区は,略地図のごとく,北に向いて大きく口を開けたオタマジャクシの形をしている。背中は久万川・国分川。顎から腹部は堀川・鏡川。尻尾を浦戸湾奥部に浸しているようにも見える。

 上顎にあたる北・南川添,北・南御座,北・南久保地区は国道32号線や県道大津北本町線が通る交通至便の地域である。道路に沿って,流通関係の事業所・団地・住宅が立地している。周辺には,今も広い農地が広がっている。今後は高知市東部・北部の玄関口として発展することが期待されている。

 下顎のようにも見える下知地区のうち,桜井町・弥生町等は,戦災の少なかった地域で,その分都市整備が遅れている。電車道など一部幹線道路を除いては,狭隆な道路や公園を取り囲んで住宅が密集し,防災上も課題のある地域である。しかし,交通は便利で,文教施設もあり,地域住民の文化・経済活動は,いたって活発である。国道55号線の南側に当たる二葉町・青柳町など下知南部は,住環境が整備され,鏡川沿い等には高層マンションの建設が進み,人口も増加している。

 喉から胴体の部分にあたる稲荷町・丸池町は,工業系の施設・建物を中心に住宅地が形成されている。尾部にあたる弘化台は,高知市中央卸売市場の他,食料品を中心とした流通系企業の集積地であり,高知市の台所の役割を担っている。


■ 学校の概況

 本校は,昭和7年4月1日,ここ高知市下知字原分・井添の地に,下知尋常小学校及び第五尋常小学校を合併して高知市立昭和尋常小学校として誕生した。当時の児童数は1,434名。学級数は24である。

 昭和7年10月30日に落成したピンク色の校舎は,その偉容と優美さ故に校区住民を驚かせたものであった。注目すべきは開校の年に教育5力年計画が作成され,翌年昭和8年12月1日には新興昭和の教育を批評してもらう意味から,早くも自主的な研究会を開催していることである。この5力年計画に基づく教育活動の成功は,「東の昭和」の名声を高め,その後の昭和小学校教育に継承され,昭和の伝統となっていく。

 昭和16年4月1日付で「国民学校令」に基づき,校名が昭和国民学校に改称されたが,戦争末期には一時児童数が209名にまで減少する。戦後,児童数は年を追って増加し,昭和26年には1,815名となり,運動場狭小による運動不足と事故の発生が心配されるほどになる。そこで,運動場の東の田1,300坪を買収,また1棟6教室の増築が北舎の北側になされた。

 昭和45年8月21日,台風10号が来襲。校区の全域にわたって浸水し,学校も床上45センチメートルにまで浸水した。この災害もあって,校舎の老朽化は進行し,昭和57年12月5日,創立50周年記念式典とともに現在の校舎の落成式が行われるに至った。

 本校は,昭和52・53年の2か年にわたって高知市教育研究所の研究協力校の指定を受け,新しい教育の創造にむけて研究を行った。その成果として「かがやきの日」という総合学習が生まれたのである。

 この先進的な研究体制は,その後も脈々と受け継がれ,昭和61年には,第37回放送教育全国大会,平成8年度には第31回全国社会科教育研究大会の会場校として一定の評価を受けている。

 さらに平成11年度はこれまでの取り組みをベースとして,松下視聴覚教育研究財団の指定を受け,平成11年度全国視聴覚教育研究会の会場校としてこれまでの研究の成果を発表した。

 平成12年度・13年度は,新教育課程への移行をふまえて,これまでの研究成果をまとめながら,「総合的な学習の時間」のカリキュラム編成に取り組んだ。

 新教育課程全面実施の平成14年度からは,3か年にわたって高知市教育研究所の研究協力校の指定を受けることになり,生活科,社会科,情報教育を3本柱にした教育の創造をめざして研究に取り組んでおり,平成16年11月5日(金)に研究発表会を実施した。

 本年も継続して研究に取り組み,6月には「見通しを持つ力の育成と授業づくり」について東京学芸大学・小林宏己教授を招聰して研修を深めるようにしている。また,平成20年2月14日には,自主発表会を開催し成果と課題を明らかにしていく。

 本校の児童は,下知の地域性もあるのだろうか,非常に明朗・活発で,細かいことに余りこだわらないさっぱりした気性を持っている。現代っ子らしく,変わったことや新しいことには興味や関心を示す反面,何事にも持続性に乏しく落ち着きに欠ける児童もいる。

 共働きの家庭は殆ど「かぎっご家庭」で,家庭的な要因に配慮しなければならない家庭の割合は決して少なくない。また,躾や生活について十分話し合いがなされていない場合もある。こういった児童の実態を浮き彫りにすることにより,あらためて基本的な日常生活の見直しを行い,学級・学校経営の重要な指針としている。

以上 2008年度 学校要覧より


学校の歴史
明治 6 5. 1 土佐郡下知村に下知尋常小学校を創立 当時敷地377坪 2学級,8年修業
32 5.24 高知市新田町田渕に高知市第五尋常小学校を創立(1061坪)
大正 12 4.12 下知尋常高等小学校と改称
15 1.25 下知町,高知市に合併 年度末をもって高等科を廃し高知市下知尋常小学校と改称
昭和 7 4. 1 下知・第五小学校を併合し高知市昭和小学校と改称し現在地に創立
16 4. 1 高知市昭和国民学校と改称
20 4. 防空壕を掘ったり,五台山の頂上付近に甘藷の学校園を作る
22 4. 1 高知市立昭和小学校と改称
23 4. 1 障害児学級一学級開設
25 12. 1 四国地区幼稚園・小学校研究大会
26 3. 4 県指定図書館教育・特殊教育研究発表会々場
28 2.14 創立20周年記念式典
29 4.30 運動場拡張工事終了
33 4. 1 障害児学級二学級になる
37 11.25 創立30周年記念式典
41 11. 1 全国社会科教育研究大会々場
45 4. 1 高知市立商業高校定時制に第五校舎を貸与
8.21 台風10号襲来 被害大
49 12. 7 全国同和教育研究大会分科会々場
51 11.28 学校図書館教育四国大会々場
53 11.21 新教育課程の研究発表会
55 11.15 新プール落成式(容量 大400立方米 小30立方米)
57 7.31 新校舎工事終了
58 4.30 かがやき農園完成
59 8.31 図工用焼窯室設置
61 11.14 第37回放送教育研究大会々場
62 12. 5 高知県放送教育研究大会々場
63 9. 3 アスレチック完成
平成 1 6.27 プール塗装
11.24 県より学校表彰を受ける(教育課程と放送教育)
2 2.14 作業小屋と農具倉庫完成
3 10. 6 創立60周年記念品配布
12.14 「かがやき」のある発展学習 出版
4 3. 7 放送教育研究論文最優秀(公務員弘済会)
11.10 情報教育研究発表会
5 12. 9 情報教育研究発表会
6 2.10 高知県生活科教育研究大会
9 生涯学習室開放開始
11.29 情報教育三年次研究発表会
7 10.31 高知県社会科教育研究大会
8 10.31 第31回全国社会科教育研究大会高知大会
10 1.27 「社会科・情報教育」研究発表会
11 11.12 全国視聴覚教育研究大会「高知大会」開催
11.24 高知県学校表彰受賞(コンピュータ活用の研究実践)
12 10.12 第20回昭和教研(ようこそ先輩講演事業)宮尾登美子先生来校
10.18-21 北見市教育交流(6年児童代表北見市訪問)
13 1.20 新遊具(ローラーコースター付滑り台「新世紀ローラくん」)完成
1.18 創立70周年記念品配布と遊具製作(「木人クン」)
11.15 第38回全国花いっぱいコンクール優秀賞受賞
14 4.1 高知市研究協力校「生活科・社会科・情報教育」指定(3年間)研究開始
16 11.5 高知市研究協力校「生活科・社会科・情報教育」研究発表会
18 3.11 第56回こども県展硬筆優秀校
18 8.11 創立75年記念電波時計設置
19 3.11 第57回こども県展毛筆優秀校
20 3.1 キッド・ウィットネス・ニュース(KWN)日本 脚本賞受賞
〜地域と共に 命を守ろう〜 ふれあい防災探検隊
20 3.9 第58回こども県展硬筆優秀校
21 3 キッド・ウィットネス・ニュース(KWN)日本 脚本賞受賞
命 生きること 〜出逢い 命を考える〜
22 3 第60回こども県展硬筆優秀校
23 2.26 キッド・ウィットネス・ニュース(KWN)日本 歴史リサーチ賞受賞
〜過去と未来をつなぐ〜 坂本龍馬からのメッセージ